shino-jiのスマホ日記

手持ちのスマートフォンやその周辺機器、アプリの使用感などを取り上げるブログです。

全てが掌に収まることが楽しいのか!?

 ClieNXは音の録音・再生、映像・画像の記録・再生、PIM管理、文書編集・閲覧、PHS通信によるネット閲覧(ソフトの導入で電話も可能であった)、Bluetoothによるワイヤレス通信などなど、数あるPalmの中では、ある意味バランスよく何でもありにカスタマイズ出来る設計になっています。ClieNXが全盛期の頃はこの後に発表になるClieがどんなものになるのかとその発展が実に楽しみなものでした。が、実際はTH55というデジタル手帳を追求したデザインとVZ90というエンターテーメントを追求したスタイルで終焉してしまい、何でもありという路線では進みませんでした。
 現在、Treo650をメイン機に使用していて、Treo650が仮に日本で電話で使用出来てネットも定額でスタンドアロンで閲覧が出来るとしたならば、確かに日常生活の中での利用頻度は今よりも上がるかも知れませんが、じゃあ今契約している携帯電話なしで生活するかというと恐らくそれはないかなと思います。
 以前、Palmは電子辞書に代わり得るかということをこちらで取り上げたことがありますけれど、電子辞書の代わりには『なり得ない』という結論は今でも変わっていません。
 かつて私はPDAの位置づけとしてPCと携帯電話の間にあるものと端的に考えておりましたけれど、よくよく考えてみると、PCと携帯電話以外にも、カメラ・ビデオ、録音機・音楽プレーヤー、ゲームプレーヤーに取り囲まれたその中間に位置しているものですよね。スマートフォンPDA以上にPCと携帯電話を強く結ぶものになったと言えると思いますが、どんなにPDA、いや今ならスマートフォンが進化していっても、スマートフォンで全てが事足りることというのは現実的にあり得ないでしょう。
 ゲーム好きな人はスマートフォンでゲームの代替が出来るからと言って、DSLitePSPを使うのを止めることはないと思いますし、カメラ好きの人も、画素数や性能の良いカメラを買うのを止めることも考えられない。スマートフォンが発展するのと同じように、他のデジタル機器の発展もあるわけで、結局、掌の中で全てが収まるということはあり得ない訳です。
 ではTreo650が上述のように電話使用とネット閲覧が定額で可能になったとして、何故今契約している携帯電話が手放せないか。ちなみに当方はドコモのP905iですけれども、カメラはTreo650より画素数が上、しかも地デジが見られる。導入しているjigブラウザはBlazerよりも使い勝手が良いということで、PIM管理でTreo650無しで生活出来ない私でも、携帯電話は電話以外の部分でも欠かせない存在。音楽もTreo650よりP905iの方が便利かな。ちなみに音楽に関しては別途MP3プレーヤーを持ち運んでいますけれども。
 とまあ、デジタル機器に関してはどちらかというと疎い私でこう言う具合ですので、じゃあ今話題のiPhoneやらこれから少し話題になるであろうBlackBerryに興味が沸くかというとさほどでもない訳であります。
 職場では、目の前にTreo650を置いて起きながら、計算をするのに机の引き出しから電卓を取り出す自分を見て、緊急避難的にTreo650はAVによる記録・再生や暇つぶしのゲーム等の娯楽機にはなりますけれど、あくまで緊急避難的なモノであります。
 この緊急避難的というのが便利であれば便利であるほどその利用価値が上がることにはなりますが、今の私自身の日常生活を考えるとTreo650と携帯電話、それにポータブルMP3プレーヤーが手元にあればやはり満足かな。
 ということでPalmには携帯電話やポータブルAV機器にはない、PIM管理にその機能の重要さがある。だからこそその機能を充実する豊富なPalmwareに興味が沸くわけですね。どんなにスマートフォンが話題になっても、私はPalmには手帳への限りなき追求と挑戦を期待したいところです。とは言え、ACCESSさんには何故か大きな期待をしてしまうのは矛盾した考えでしょうか?